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ホームウェブ連載コラム河瀨直美(映画作家)×道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」第1回 > 普段の人間関係の中の立ち入らないようなところとか、そういうものが克明に出ている感じを『月と蟹』からは受けました(河瀨)

河瀨直美(映画作家))×道尾秀介(作家)対談  「Jam Session」

2004年『背の眼』でデビュー以来、数多くの話題作を書き続けている道尾秀介さん。その道尾さんが毎回、自らの作品をテーマにゲストと語り合うこの対談。第3回目のゲストは、道尾さんが大ファンでもある映画作家の河瀨直美さん。『萌の朱雀』で史上最年少でカンヌ映画祭カメラドールを受賞した河瀨監督と語る作品は、直木賞受賞作『月と蟹』。小説家と映画監督。異なる分野で表現を続けるお二人の刺激的な対談を3回にわたってお送りします。

普段の人間関係の中の立ち入らないようなところとか、そういうものが克明に出ている感じを『月と蟹』からは受けました(河瀨)

更新日:2013/10/26

河瀨直美:私は、小説ではどのように物語の流れを作られるのかに関心があるんです。

道尾秀介:スタートとゴールは、書き始める前からはっきり見えています。それ以外は、だいたいぼやけていますね。書き進めながら、間をつなぐものがだんだんとできていくんです。本を書くときは、いつも倍ぐらいの枚数を書いています。それを1回濾してるんです。映画でいうところの撮影~編集を、毎日やります。前日に執筆したものが、次の日の編集作業で半分ぐらいになる。編集してから続きを書く。だから、倍の量を書くといっても、べつに完成稿の倍の厚さの「元原稿」がどこかにあるわけではなく、「二歩進んで一歩下がる」やり方で密度を高めていくわけです。

河瀨:自分史というか、自分の体験はどのくらい入っているものなんですか?

道尾:具体的な体験はほとんどないですね。小説に作者が顔を出すのは好みではないので。そういうのって、読み手にはバレちゃうんですよ。「あ、コイツ顔出したな」って。

河瀨:じゃあ、『月の蟹』に描かれている秘密基地や、主人公の家族の関係性といったものはどういうところから出てくるんですか?

道尾:感じたことの無い感情は書けないですから、それはもちろん自分の中から出てきたものです。ただ、同じ感情そのものを体験する必要はなくて、感情の「種」だけでも感じたことがあれば、膨らませて書けるんですよ。極論すれば、それができるできないで作家になるかならないかが決まると思うんです。僕はたまたまできたので、小説を書けているんだと思うんですよね。

河瀨:なるほど。

道尾:『月と蟹』なんて、たとえばずっとカメラで主人公を追っても全然面白くない。あれは、ひたすら登場人物たちの感情を追って、そこに謎や葛藤や狂気が生じていくタイプの話なので、視覚的に驚くような出来事はべつに起きていないわけですからね。実際に『月と蟹』を読んで、「最後まで何も起きなかった」と感じる読者もいらっしゃるそうですし。

河瀨:そうなんですか! こんなに、いろいろなことが動いているのにね。(笑)。

道尾:たとえばボクサー同士が膠着状態にあるときに、見慣れてる人だと、目線だとか筋肉のちょっとした動きから、そこで無数の攻防が行われているのがわかりますけど、見慣れていない人には、ただ手を止めてグルグル回っているように見える。わかりやすさを求められると、僕の作品の中だと『月と蟹』なんかは弱いかもしれません。そのかわり、いまだに僕の作品の中で一番好きだと言ってくれる人もいるんですよね。

河瀨:そのボクサーが殴り合っているというのはおもしろい例で、内面のぶれとか歪み、そういうものがものすごく絡み合っていて、そういうのがふっと解ける瞬間が見えたりするんでしょうね。なんやろなぁ。普段の人間関係の中の立ち入らないようなところとか、そういうものが克明に出ている感じを『月と蟹』からは受けました。

道尾:久世光彦さんが以前、「エッセイは自分を隠すことができる。小説こそ自分を白日の下にさらす一瞬がある」というようなことを書かれていたんですね。それには僕も同感なんです。自分の体験を物語に組み込まないようにしているのに、自作を読み返すと「ああ、これは自分の小説だな」と感じます。

河瀨:『月と蟹』の中で印象に残った場面で言うと、主人公たちが「ヤドカリを焼くと願いが叶う」という儀式を始めるでしょう。それは非常に子供だましの幼稚なものにも見えますが、裏では彼らも「そんなことあるはずないじゃん」と感じているように感じられる。そういうものが見え隠れしていると思うんですよね。道尾さんは明確には描かないけれども、次第にそれがわかってくる。さらに男の子たち、慎一と春也の間の葛藤みたいなものがどんどん見えてきます。それが痛々しく、また生々しくて印象に残りました。そこには嫉妬の感情があるし、自分自身の至らなさを味気なく思う感情もあるし、それは、大人になってもあるような普遍的な感情であるわけです。ましてそこに女の子も絡んできて、男の子と女の子の違いみたいなのまでが見えるようになっていく。実は、女の子の方はわりと解決までが早いんですよね。

道尾:ええ。

河瀨:それをサラッとしているように描きつつも、単に時間が早いだけで、実は慎一たちと同じようなものを抱えているのがだんだんわかってくる。

道尾:小学六年生の女の子が読んで手紙をくれたんですけど、「どうして私たちの気持ちがこんなにわかるんですか?」と書いてあったんですよ。すごく嬉しかったです。大人が読んで「意味がよくわからなかった」と言われたことがあるものを、主人公たちと同世代の人が読んでわかってくれた。それが一番の自信になりました。さっきおっしゃった、目に見えないいろいろな葛藤の、細くて細すぎて見えないくらいの糸が無数に張り巡らされてるところを、すんでのところで避けながら、避けながら、完結に向かっていく話なんです。その糸が見えないと、なんでこいつらはこんなに妙な動きをし続けているのだろう、と思ってしまうかもしれません。それはよくわかります。でも、だからといって、その糸を蛍光ペンで塗って見やすくしたら台無しになってしまうんです。

河瀨:その細い細い線みたいなのが、お母さんやお父さんの大人の側にもあるんでしょうね。読者の大半は大人でしょうから、子供の視点から見える大人の側の葛藤が描かれるのは興味深いはずです。私は、登場人物の中でもじいちゃんがすごいと思います。じいちゃんの中にも、生涯を賭けた何か葛藤みたいなものがあるわけで、それを慎一に伝えていこうとしているんですけどね。それが、なにかしらは届いてるのか? くらいの感じの、微かなもので。しかし確実に私にはグサグサ刻まれる部分でした。

作品紹介

河瀨直美(映画作家)×道尾秀介(作家)のプロフィール オフィシャルウェブサイト「組画」はこちら 河瀨直美 公式Twitter 道尾秀介 公式Twitter


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