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ホームウェブ連載コラム河瀨直美(映画作家)×道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」第2回 >芸術作品って、そこに何かが“有る”ことを表現しているものと、そこに何かが“無い”ことを表現しているものの二種類あると思うんです(道尾)

河瀨直美(映画作家)×道尾秀介(作家)対談  「Jam Session」

2004年『背の眼』でデビュー以来、数多くの話題作を書き続けている道尾秀介さん。その道尾さんが毎回、自らの作品をテーマにゲストと語り合うこの対談。第3回目のゲストは、道尾さんが大ファンでもある映画作家の河瀨直美さん。『萌の朱雀』で史上最年少でカンヌ映画祭カメラドールを受賞した河瀨監督と語る作品は、直木賞受賞作『月と蟹』。小説家と映画監督。異なる分野で表現を続けるお二人の刺激的な対談を3回にわたってお送りします。

芸術作品って、そこに何かが“有る”ことを表現しているものと、そこに何かが“無い”ことを表現しているものの二種類あると思うんです(道尾)

更新日:2014/01/08

道尾:僕はとにかく河瀬監督の映画の大ファンなんです。ドキュメンタリー作品も含めて。あ、先ほど話していた『萌の朱雀』の小説版(幻冬舎文庫)も大好きですが。

河瀨:恐縮です(笑)。

道尾:僕は映画についてはまったく詳しくないんですけど、すごく信頼している編集者が、あるとき『沙羅双樹』(2003年)を薦めてくれたんですね。それを観て、「こんな映画があったのか!」とびっくりしました。本当に初めて観るタイプの作品で、それから『萌の朱雀』をDVDで観て、手に入る作品は全部観ています。「好きな映画監督は?」と聞かれたら、まず「河瀨直美さんです」と答えているくらいで。

河瀨:本当ですか! ありがとうございます。今回の撮影は奄美(大島)だったんです。道尾さんの『月と蟹』は、月とか、海の感じがすごく奄美っぽいんです。

道尾:そうなんですか。

河瀨:ええ。2ケ月半、奄美に滞在していたんですが、この本は私のベッドのヘッドボードにずっと立っていましたからね。いっしょにお泊りしてました(笑)。

道尾:ありがたいですね(笑)。

河瀨:道尾さんは「映像にできない感じのことを小説にするようにしている」作家だと伺っていたので、そういうことを意識しながら読みました。でも私の映画は、絵にならないものを画にしてるつもりでなんですよ。だから、読みながら「この小説は全部を映像化したい」と感じました。1行の文章に隠れているものってありますよね。シナリオを書くときは、それをみんなで一生懸命捕まえていくんです。今回も、奄美でそんなことをずっとやっていました。撮影自体は1ヶ月だったんだけど、準備のためにその前からみんなで共同生活をしたんですね。
映像というのは文章に比べると具体的なものなんです。たとえば、「海」という言葉から受け取るものはそれぞれ違いますから、イメージが広がりやすい。でも映画の場合、撮ったらその映像しかない。そこから観た人に記憶を呼び返してもらうためには、生きた風景を撮らなければいけないんです。それには、映らないはずの心を投影する作業が必要です。だから『月と蟹』を読んだときも、文章には表現されていない、主人公たちの感情、感覚というものがビシバシ伝わってくる気がしました。

道尾:僕は、『沙羅双樹』を観たときに、まさに同じようなことを感じたんです。他の河瀬作品でもそうなんですけど、そこに映っているものがすべてじゃない、と教えられるあの感覚。そういう映画を観たのは初めてだったんですよ。芸術作品って、そこに何かが“有る”ことを表現しているものと、そこに何かが“無い”ことを表現しているものの二種類あると思うんです。例えば写真などは、“無い”ということを作品にしやすいメディアですよね。でも、映画ではすごく難しいのではないかと。

河瀨:なるほど。

作品紹介

河瀨直美(映画作家)×道尾秀介(作家)のプロフィール オフィシャルウェブサイト「組画」はこちら 河瀨直美 公式Twitter 道尾秀介 公式Twitter


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