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ホームウェブ連載コラム峰なゆか(漫画家・文筆家)×道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」 > 第1回 「どうしよう。道尾さんはオモシロの人じゃなかった」と思いましたね(笑)(峰)

河瀨直美(映画作家))×道尾秀介(作家)対談  「Jam Session」

道尾さんが、イベントの最前列の席を取るため列に並ぶほどのファンでもある漫画家・峰なゆかさんが「Jam Session」第5回目のゲストです。今回のテーマ本『鏡の花』の話から、峰さんの『アラサーちゃん』へ、そして二人のキャラクター論、創作論が語られる濃厚な対談を、3回にわたってお送りします。

普段の人間関係の中の立ち入らないようなところとか、そういうものが克明に出ている感じを『月と蟹』からは受けました(河瀨)

更新日:2014/08/11

道尾:『鏡の花』を読んでくださったんですよね。お忙しいのに申し訳ないです。

:私、本当は道尾さんの書いた小説を読みたくなかったんですよ。

道尾:え…なんでですか(笑)。

:なぜかというとですね、道尾さんとはよくお会いして、私の『アラサーちゃん』がらみのイベントなんかにも来てくださるんですよ。

道尾:自慢じゃないですけど、僕は『アラサーちゃん』のイベントではいつも整理券番号1番なんです。この間も、列の先頭に並んでたんですよね、最前列の席を取るために(笑)。

:だから最初の頃は「お知り合いになったし、道尾さんの小説も読んでみようかな」と思ってたんですけど、だんだんお会いしていくうちに、道尾さんは私の中で完全に「単なるおもしろい人」になってしまったんですよ。私の中の道尾像が壊れてしまうと思って、それで読むのが嫌だったんですよね。読んで「どうしよう。道尾さんはオモシロの人じゃなかった」と思いましたね(笑)。

道尾:当たり前じゃないですか。

:ねえ。で、すごく単純に感想を言うと、やっぱオモシロからの落差として、「道尾さん、植物のこととかいろいろ知ってて、えらいじゃん!」みたいな気持ちで読みました(笑)。

――『鏡の花』は六つの物語が入った連作集というか、表現は難しいのですが六章で一つの話になるちょっと変わった構成の長篇小説です。

:私、群像劇ってもともとすごい好きだし。おもしろかったですよ。

道尾:ありがとうございます。

:でも、これってミステリーなんですか?

道尾:僕もジャンル分けはよく判らないんですけど、ミステリーが好きな人が読めばミステリーですし、ミステリーが好きじゃない人が読めばそうじゃないですよね、きっと。

:そうなんですね。私ミステリーを読んでも、いつ謎が解かれたのかよく分からないまま読み終わってしまうので。ネタバレとか、誰が犯人なのか、とか最初に言われても全く気にしないし。ミステリーの読み方を全く判ってないので、ミステリーとしてのおもしろさを問われたらどうしようとドキドキしてたんですけど、それは考えなくていいんですね。

――印象に残ったのは六章のうちどれですか?

:二章かな。人間があっさりどんどん死んでいくのが好きなんですよ。二章は、通常の死を扱ったものとはちょっと違ってますよね。「病気になって余命何年」、それでみんなが悲しむ、みたいな真っ当な死じゃなくて、人がくだらないことで死んじゃうパターンというのが割と好きなんです。そういう書き方が私にとって、「人が死ぬ」というのを身近に感じられるんですね。人間ってこうやってあっけなく死ぬんだろうな、という予感が昔からずっとあります。だから二章は、「私もこうやって人殺す殺すー」って思って読みました。

道尾:創作の中では、ということですよね。たしかにこの二章のような死の方がリアルなんですよね。不治の病に冒されていて余命がどのぐらいで、というようなシチュエーションの方がむしろありえない。

:そうなんですよね。ああいうので人が死ぬのとかは全然好きじゃないです。

道尾:死自体を劇的に描くことを目的にしているものって結構あります。死を劇的にすることで、その周辺の人生をドラマとして書くという。そういうのは僕もあんまり好きじゃないんですよね。

:『鏡の花』も死がメインじゃないですよね。死んだあとの「周りの人の生活」というの現実的にはメインになるから。本当はそっちの方がおもしろいなと思っています。

道尾:僕は久世光彦さんの小説がすごく好きなんです。映像作家としても素晴らしい業績を残した方ですけど、何かのエッセイに書いておられたのが、あれだけたくさんのシーンを撮ってきたのに、人が死んだ瞬間だけは一度も撮ったことがないそうなんですね。波瀾万丈な人生を送ってこられた方なので、人の死の悲しさとか、周りにいる人の気持ちとかは、判りすぎるくらい判っている。それを劇的に撮ることなんて自分にはできない、と言っているんですよ。
僕にもそういう気持ちはあります。死をことさらに劇的にする必要はなくて、淡々と書くだけでも読者は感じてくれる。だからそんなに克明に書く必要はないと思っています。

:そもそもなんで、いろいろな人がどんどん死んでいく話を書こうと思ったんですか?

道尾:全てが明るい世界ってないんですよね。光があるところには絶対どこかに影が落ちるという事実を書きたかったんです。六章をすべて読み通した時にそれが分かるような構造にしたかったんですね。と同時に、それぞれが短編として成立していることも大事でした。

:読んで思ったのが、キャラがけっこうたくさん出てくるのに、それぞれについての詳しい「こういう外見で」とかそういう描写は全然ない。でもすごく想像がつくというか。

道尾:それは一番ありがたいですね。

:この人は学校の中でどれぐらいのポジションなのか、とかそういうのがよく判ります。

道尾:いわゆるスクールカーストですよね。峰さんがよく言われている。

:第五章だったかな。お姉ちゃんと弟が二組出てくる話があるじゃないですか。で、自転車を捨てた弟のお姉ちゃんの方。真絵美ちゃんか。あの子はちょっとブサイクなんだろうな、と思うんですよ(笑)。

道尾:学園ドラマでいうと、ピントが合ってないところに映っているような感じの子なんですよね。実際の暮らしの中でも「どういう人か憶えているし、どんな話をしたか憶えているけど、名前がどうしても思い出せない人」っているじゃないですか。でも、その逆って実はあまりないんですよね。「名前は憶えているけどどんな人だっけ?」というのはまずない。だから、本当にそういっていただけるとありがたいですね。血肉を伴った人間が書けたな、という気がします。 僕は趣味でシャンパン・キャップ・マンを作ってるんですよ。シャンパン・キャップにワイヤーで手足をつけて、帽子をかぶせたりして人形を作るんですけど。ある時、マッシュルーム状のシャンパン・キャップで、人形だったらちょうど顔にあたる位置に会社のロゴが刻印されていて、それが上弦の月のような状態で入っているのがあったんです。まるで口みたいで。「これはシャンパン・キャップ・マンのためにできたようなコルクだ」と思って、人形を作ったんですね。そうしたら、案の定笑った顔になったんですけど、飾ってみたら、シャンパン・キャップ・マンの中で、そいつだけむしろ表情がないんですよ。口があるのに、並べて見た時にそいつだけ表情がないんです。他のやつはこっちの気分によっていろんな見え方をするんですね。具体的な容姿というのは、描きすぎるとかえって人間らしさから遠ざかってしまう。

:人形がめっちゃ好きなんですね(笑)。キティちゃんに口がないのもたしかそういう理由なんですよね。いろんな表情に見えるようにという。

作品紹介

峰なゆか×道尾秀介(作家)のプロフィール オフィシャルウェブサイトはこちら 峰なゆか 公式Twitter 道尾秀介 公式Twitter


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