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全人的に、
相手と向かい合う

 全人的に患者さんと向かい合う、という私の姿勢は、日野原重明先生のご著書から学んだものです。
 全人的とは、歯科の治療で考えれば、悪い歯だけを治療するのではなく、患者さんの全身の健康はどうだろう、精神状態は? 経済状態や仕事の内容、社会的な立場など、あらゆる角度からみて、治療方針を立て、患者さんと向かい合う姿勢をいいます。
 日野原先生は、改めてご紹介するまでもないでしょう。1911年10月のお生まれですから現在100歳をいくつか超えたところ。いまなお現役で、聖路加国際病院で名誉院長を務める一方、ご自身の担当患者も持っておられるそうです。
 先生はけっして丈夫な体質ではなく、10歳のときには腎臓の病気で学校を長期休学。大学1年のときには結核になり、療養生活も経験したそうです。
 また、戦争で大学の同級生の5分の1が戦死するという体験もされており、そうしたことから、病や死に対して、信じられないほど深く、こまやかな心遣いでのぞまれるのです。
 英語で患者さんのことをペイシェント(Patient)といいます。Patient とは「忍耐強い」という意味。患者さんは苦しさや痛みに耐えている、そういう存在であることを心にしっかり刻んでおかなければいけない。どうすれば、患者さんがリラックスできる雰囲気の診療室をつくれるか。先生は、こうしたことまで配慮することが、医師として非常に大事なことだといっておられます。

 患者さんは心に痛みを持っていることも多いものです。そして、患者としての立場のほかに、仕事人だったり、家庭人だったりと、さまざまな顔を持った多面体の繊細な存在です。
 患者さんをよく観察し、できる限りじっくりお話をうかがい、こうしたすべてに目を向け、理解するように努め、そのうえで治療にあたる。
 ここまでできて、はじめて本当の医療だといえるのだと、私は考えています。
 正直にいえば、医師はたいへん忙しい仕事です。ひとりの患者さんに割くことができる時間が限られていることも少なくありません。
 日野原先生は、時間がないときには、たとえばこんなふうに話されるそうです。
「あなたには四つほど問題があると思いますが、今日は一つだけで勘弁してください。次におみえになるとき、残りの問題について、詳しくご相談しましょうね」
 こう話せば、患者さんは「先生は私の問題をわかっていてくださる」と安心し、そんな医師に心から感謝し、信頼感を持つでしょう。

 なんといっても、人が、人に与える最高のものは心である。

日野原重明(1911〜)医師

 100歳を超えたいまも、病院に来ると、まず入院中の担当患者の部屋を回り、「おはよう。今日はいかがですか?」と笑顔で声をかけておられるそうです。
 私も、こうした医療ができるようになろう、と先生の姿を目標にしています。

◎どんなときも、相手の人間性を大切にする

「全人的に向き合う」という姿勢は、どんな場合にも通じることです。
 仕事仲間はもちろん、競合相手も、みな、同じ人間です。いくら仕事だからといって、ビジネスライクに数字の話をするだけでは本当にいい仕事はできないと思います。
 本題に入る前にひと言ふた言、軽い世間話やプライベートな話題を交換するといいのです。仕事の話が終わった後も、「今日は子どもの誕生日なんです。帰りにケーキを頼まれてしまって……」などと、仕事以外の顔もチラッと見せる。
 そんなとき、急に相手の人間性がわかったような気がして、一気に好感が生じる。こうした思いが、仕事によい影響を与えることはよくあります。
 ある証券マンは、毎月、パソコンでつくった「おたより」を自分のお得意さんに配っています。そこに息子の野球の試合をみに行った話、娘と近くの山に登った話などを数行書くようにしたところ、お客さまとの会話がはずむようになり、そのせいか、このところ、営業成績が少しずつ伸びはじめたそうです。

「先生、お誕生日、おめでとうございます」。打ち合わせの席に、バラを一輪持って現れた人があります。イベント企画会社のスタッフで、この段階ではまだそう親しいわけではなかったのです。
 仕事の話が一段落したところで、「どうして僕の誕生日をご存じなんですか?」とおたずねしたところ、「facebook」を見てわかった、といいます。そういえば、スタッフに囲まれて誕生日を祝ったことを「facebook」にのせたことがありました。それを見て、覚えていてくれたのです。
 このアイディア、実は私も拝借しています。カルテをみれば患者さんの生年月日はわかります。「あ、今日はお誕生日なんだ」と気がつくと、「今日はお誕生日なんですね。おめでとうございます」と申しあげるのです。たったそれだけのことで、患者さんは一瞬、歯が痛いことも忘れて、柔らかな笑顔を浮かべてくださいます。
「全人的」。なかなかできないことですが、取り組むべき課題だということをわかっていただけたでしょうか。

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更新日:2015/2/20

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プロフィール

井上 裕之 (いのうえ ひろゆき)

歯学博士、経営学博士、コーチ、セラピスト、経営コンサルタント、医療法人社団いのうえ歯科医院 理事長。
島根大学医学部 臨床教授、東京歯科大学 非常勤講師、北海道医療大学 非常勤講師、ブカレスト大学医学部 客員講師、インディアナ大学歯学部 客員講師、ニューヨーク大学歯学部 インプラントプログラムリーダー、ICOI国際インプラント学会指導医、日本コンサルタント協会 認定パートナーコンサルタント。世界初のジョセフ・マーフィートラスト公認グランドマスター。
1963年、北海道生まれ、東京歯科大学大学院修了。歯科医師として世界レベルの治療を提供するために、ニューヨーク大学をはじめ、ハーバード大学、ペンシルバニア大学、イエテボリ大学など海外で世界レベルの技術を取得。 6万人以上のカウンセリング経験を生かした、患者との細やかな対話を重視する治療方針も国内外で広く支持されている。
また、医療に関することだけでなく、世界中のさまざまな自己啓発、経営プログラム、能力開発などを学びつづける。成功法則の権威ジョセフ・マーフィー博士による「潜在意識」と経営学の権威ピーター・ドラッカー博士による「ミッション」を総合させた「ライフコンパス」を提唱。
現在はセミナー講師としても全国を飛び回り、会場は常に満員。2012年8月に東京・日本青年館で1,000名の講演を実現し、2014年には日比谷公会堂で1,200名を超える伝説のセミナーを成功させている。

作品紹介

たった一度の人生を、自分らしく思い通りに生きる方法

405406177X何のために働くのか。目標に向かい生きる充実した日々は、どうすれば手に入るのか――。人生の答えを求めて毎日を真剣に生きる人々に向け、歯科医師でありセラピストである著者・井上裕之が贈る渾身のメッセージ、そして「自分の価値観」を磨くためのヒント。

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