「ジャングルのような脳」が
やり抜くパワーを生み出す!
昔から、日本人は頑張ることが大好きな民族です。この国の美徳として「ひとつのことに専心して事を為す」が理想の姿とされてきました。
ただ、価値観が驚くべき速度で進化し多様化していくこの時代、ひとつの価値観にこだわりすぎることは多くのリスクを伴います。
私はこれまでに何度か、次のようなアドバイスをいただいてきました。
「茂木さんはそんなにいろんなことをやらずに、脳科学者として脳の研究だけに集中したらどうですか?」
けれど私自身はひとつの専門にこだわらず、多様な対象に目を向けチャレンジしながら、自分の設定した目標へと向かっていきたいと考えています。これこそが、本来の意味での「グリット」なのではないかと思うのです。
私が脳科学者としてだけでなく、さまざまな活動や発言をしていることの目的は、ひとつの専門に依存した人生になってしまうことへの危機感だけではなく、脳科学の領域に捉われない柔軟性と多様性を身につけたいためです。
そしてその活動それぞれが、脳科学者としての「やり抜く脳」の“筋力”をアップさせることに通じていると信じています。
人間の脳を森にたとえるならば、ジャングルのような状態が理想といえます。
温暖な気候で計画的につくられた人工の植林は、害虫や災害ですぐに枯れ果ててしまいます。それよりも、熱帯の厳しい環境で自生する、多様な植生を備えたジャングルの生態系のように、ある程度厳しい状態にあったほうが、脳の成長にとっては都合がいいのです。
私たちの脳も、この熱帯のジャングルほど厳しい環境ではないにせよ、絶えず小さな負荷を与えて、たくましく鍛えていきたいものです。
実際に、世の中にはこのジャングルのように厳しい逆境をものともせず、「やり抜く脳」で成功を手にした人たちが大勢います。
たとえば、アンリ・ルソーという画家をご存知でしょうか?
彼は19世紀~20世紀にフランスで活躍した、素朴派の大胆な絵柄を魅力とする画家です。素人画家として活動を始めた当初は批評家たちの嘲笑の的となっていたものの、働きながら、自分の才能を信じてコツコツと絵を描き続けました。
そして晩年、天才画家のパブロ・ピカソに見出されたことから評価は一変し、現在では同時代を代表する画家として広く知られています。
確かに、ルソーの描く絵は、見る人によっては素人の拙つたない絵のようにも見える絵柄でした。「才能の片へん鱗り んは微み塵じ んも感じさせなかった」ともいわれています。
けれどもルソー本人は、周囲の雑音には耳を傾けず、あくまでも自分の才能を信じて疑わなかった。人生をかけて、ただただ、好きな絵を描き続けたのです(余談ですが、ルソーが好んで描いた絵のモチーフも“ジャングル”でした)。
ルソーのこの人生から、彼はまさに「やり抜く脳」の持ち主であったということが垣間見えてきます。
まだまだ他にも、こうした逆境を跳ね返して成功した人はたくさんいます。
イギリスのヴィクトリア時代を代表する小説家姉妹として知られるブロンテ姉妹は、ヨークシャーの田舎という恵まれない環境で育ったにもかかわらず、大好きな小説を書き続けて、『嵐が丘』など文学史に残る多くの小説を書き上げました。
そして日本では、青森のリンゴ農家の木き村むら秋あ き則の りさんも、絶対に無理といわれた無農薬無肥料栽培に粘り強く挑戦し、「奇跡のリンゴ」をつくることに成功しています。
彼ら、彼女らもまた、逆境に強い「やり抜く脳」を持った人だと思います。
これからの時代、自分の置かれた環境によっては、誰でもいきなり逆境が訪れる可能性があります。それでも、失敗を恐れずに積極的に挑戦し、自分の個性を極めていくことが道を開き、いい結果につながっていくのだと思います。
他人が何をいおうと、自分の中に明確な基準を持つ。そして、それをポジティブな気持ちで追い続ける人こそが、「やり抜く脳」を次々にバージョンアップさせていけるのだと思います。
(※この連載は、毎週木曜日・全8回掲載予定です。7回目の次回は6月22日掲載予定です。)
更新日:2017/6/15