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ハーバードの哲学者マイケル・サンデルが
提議した「トロッコ問題」を
覚えていますか?

 制御不能になったトロッコが、猛烈なスピードで走っています。疾走するトロッコの先には、線路工事をしている作業員が5人います。
 運転士であるあなたは、左側の待避線にトロッコの進路を変更できます。そうすれば5人の命を助けられます。しかし待避線には1人の作業員が工事をしていて、今度は彼がトロッコにひかれて命を失うことになるでしょう。
 あなたなら待避線に入り、1人を犠牲にして5人を助けるでしょうか。それとも待避線には入らず、5人の命を奪うでしょうか。
 もう時間がありません。あなたはどちらを選びますか──。
 これは、「トロッコ問題(トロリー問題ともいいます)」と呼ばれる思考実験です。
 思考実験とは、究極の状況を想定したたとえ話を通じて私たちの思考力を試すものです。
 このトロッコ問題は、私たちの道徳観を問うものです。

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 このトロッコ問題を最初に提示したのはイギリスの哲学者フィリッパ・フットでしたが、2010年に哲学ブームを巻き起こした米ハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンデルが再提示したことで、大変著名になりました。
 伝統的な哲学には「功利主義」という立場があります。功利主義は「最大多数の最大幸福」をめざす立場です。したがって、あなたが筋金入りの功利主義者ならば、迷わず待避線を選ぶでしょう。そのまま5人を死に至らせるよりも、1人を犠牲にして5人を助けたほうが、幸福の総量は高まるからです。
 一方、あなたが特に功利主義者でない場合、待避線に入るか入らぬか、大いに悩むはずです。あるいは「運命だから」と、待避線に入らず目をつむるかもしれません。
 ちなみに、このトロッコ問題には別バージョンがあります。
 あなたは橋の上から疾走するトロッコを見ています。橋を越えた向こうには、縛られた5人の男が線路の上に横たわっています。橋にはあなたとは別に、太っちょの男がいます。
 この男を橋から線路に突き落とせばトロッコは止まり、5人の命は助かります。しかし太っちょの男は確実に死ぬでしょう。
 さて、あなたは男を突き落としますか。それとも5人の死を選びますか──。
 いかがでしょう。仮にあなたがきわめて硬派の功利主義者だとしても、この別バージョンのトロッコ問題(こちらはアメリカの哲学者ジュディス・ジャーヴィス・トムソンが考案しました)では、男を突き落とすのに尻込みするに違いありません。
 最初のトロッコ問題の場合、仮に待避線に入ったとしても、自分の手で直接人1人をあやめた感覚は薄いかもしれません。しかし後者の問題では、直接手を下していることがあまりにも明らかです。このため、尻込みしたくなるのでしょう。
 このトロッコ問題に、正解はなさそうです。それにもかかわらず苦渋の決断を求められる、といった性質の問題だといえます。

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いま、世界には
正解のない問題が増えている
だから「哲学」が注目されているのです

 幸い、トロッコ問題は想像上のお話です。しかしながら私たちは、世の中には正解がわからないのに、何かを選択しなければならない状況に追い詰められることが多々あります。
 たとえば、貧富の格差が拡大するなか、富裕層への課税を拡大して貧しい人々を援助する資金にすべきだという意見があります。その一方で、富を手に入れたのは本人が汗水流して働いた結果であり、富裕層だけに負担を強いるのは不公平だと主張する人もいます。
 さて、いずれの意見が正しいのでしょうか。仮にそれぞれの意見を主張する政治家が2人いたとすると、あなたはいずれを支持するでしょうか。
 社会はますます複雑になり、世の中は混迷の度合いを深めています。そのため、何を選び、何を選ぶべきでないか、その基準がますます不明確になりつつあります。
 先にふれたマイケル・サンデルがNHKのテレビ番組「ハーバード白熱教室」に登場したのは2010年のことでした。また、同年に出版されたサンデルの著作『これからの「正義」の話をしよう』は、かなり難解な哲学書にもかかわらず大ベストセラーになりました。
 それは「サンデル・ブーム」とも呼ぶべきできごとでした。
 サンデルは、混迷する世の中において、正解のない問題について、いかに考え、いかに答えを導き出すかという問いを私たちにつきつけました。この問いかけが時代の世相にぴたりと合致して、あれほどのブームを巻き起こしたのではないでしょうか。
 しかし、残念ながら他のブームと同様、サンデル・ブームも一時的な現象に終わったようです。世の常とはいえ、いまやサンデルの名を目にする機会はめったにありません。
 とはいえ、だからといって、正解がないにもかかわらず、決断を下さなければならない問題が消滅したわけではありません。むしろ問題は山積したままです。
 このようななか、いま「哲学」が再び注目されています。その背景には、かつてサンデルが注目された時のように、正解のない問題に対するヒントを哲学に求める人が増えたからではないでしょうか。
 あるいは、このようにもいえそうです。 21世紀の哲学者は何について考え、どのような答えを見出しているのか。そうした智恵や取り組みを理解し、自らの血肉としたうえで、混迷する世の中に対処したい──。このようなニーズをもつ人が増えてきているのではないでしょうか。実際、AirbnbやUberなど、これまでの前例を覆すビジネスが次々に登場しています。単純な過去の延長でとらえきれない社会、いわば私たちは混迷する世界の真っ只中にいるわけです。
 そのような社会と正面から向き合わなければならない私たちに、現代の哲学者の思想や取り組みは、何らかの座標軸を指し示してくれるに違いありません。その座標軸に自らの視座や立脚点を見つけ出せれば、世の中の混迷がさらに深まろうと、地に足をつけて社会と向き合えるはずです。
 実は皆さんが、こうした視座や立脚点をもてるよう背中を押すのが、本書(『超図解「21世紀の哲学がわかる本』)の狙いにほかなりません。本書を通読することで、特筆すべき現代の哲学者や研究テーマ、その主張を、きわめて短時間で理解できるはずです。そしてその理解を教養にまで高めてもらい、混迷する世の中と渡り合う武器にしてもらえれば、筆者としても幸いです。
 では、「21世紀の哲学」の世界へ、いざ、ご案内いたしましょう。

(※この連載は、毎週金曜日・全8回掲載予定です。2回目の次回は4月14日掲載予定です。)

 

更新日:2017/4/7

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プロフィール

中野 明 (なかの あきら)

ノンフィクション作家。1962年、滋賀県生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。同志社大学非常勤講師。「情報通信」「経済経営」「歴史民俗」の3分野をテーマに執筆活動を展開。
著書は『超図解 勇気の心理学 アルフレッド・アドラーが1時間でわかる本』『超図解 7つの習慣 基本と活用法が1時間でわかる本』『一番やさしい ピケティ「超」入門』『超図解「デザイン思考」でゼロから1をつくり出す』『超図解 アドラー心理学の「幸せ」が1時間でわかる本』(学研プラス)ほか多数。

作品紹介

超図解「21世紀の哲学」がわかる本

obiari21世紀の諸問題に対面する我々の思考の武器=哲学の「現在」を超図解で鮮やかに解きほぐす。人生論を超えた哲学の本質に迫る。
定価:本体1,200円+税/学研プラス


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