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人を魅了する明るい笑顔

 昭和三十三年、皇太子殿下(今上陛下)と正田美智子さんの婚約が決まると、美智子さんはお友だちから、「雲の上の人になってしまうのね」と寂しがられました。そんなとき、美智子さんは笑いながらこう答えたといいます。
「たとえ雲の上に登っても、私は太っておりますので、雲の間から落っこちてしまいます」
 当時、美智子さまは身長一六一センチメートル、体重は五二キログラム。太ってなどいませんでしたが、色白でふっくらとした笑顔から、「お月さま」というニックネームで呼ばれていたほどの健康的な美しいお嬢さまでした。
 ご成婚という大事を前に、ご自分こそ不安でいっぱいのなかで、少しでもお友だちの気持ちをほぐして差し上げようと、ユーモラスにお答えになったのでしょう。
 ご成婚前夜、昭和三十四年四月九日、ご実家である正田家では、館林の本家の方々や親族一同で美智子さまを囲んで、お別れの晩餐会が開かれました。食卓には舶来の葡萄酒や大鯛の塩蒸し、一流どころのお店から取り寄せたおすしが並びました。家族水入らずの最後の夜です。心労から、母・富美子(ふみこ)さんの髪にはめっきり白いものが増えていました。
 二十四年間育ててきた娘を嫁に出す親の寂しさはたとえようもありません。ましてや、嫁ぐ先は一般の家庭とは万事勝手が違う日本一の旧家・皇室です。
そんなご両親の気持ちを、美智子さまはよくわかっていらっしゃいました。
「晩餐のお部屋からは、美智子さまの明るい笑い声ばかりが聞こえていました」
 当時のお手伝いさんのひとりは、私にそう語ってくれました。ご両親を気遣い、つとめて明るく振る舞っていらしたのです。

 ご結婚後、昭和四十年代半ばから昭和五十年代半ばにかけて、皇太子さまと美智子さまは、夏休みになると、軽井沢の千ヶ滝プリンスホテルにお泊まりになりました。
 朝になると、ホテルから美智子さまの明るい話し声が聞こえます。
「東(とう)さま、東さま」
 皇太子さまを表す「東宮(とうぐう)さま」を縮めて、さかんに話しかけていらっしゃるご様子でした。
 当時、私は日本テレビのディレクターとして取材に行っていました。その美智子さまのお声で「お出かけね」「テニスにいらっしゃるのね」とわかるほどでした。
 民間から皇室に入り、慣れないお暮らしで何かとご苦労が多かったころですが、美智子さまは、コロコロとよくお笑いになりました。明るく振る舞うことで、ご家族を和ませていらっしゃったのですね。

 そんな美智子さまを、陛下も、「皇后はまじめなのですが、面白く楽しい面も持っており、私どもの生活にいつも笑いがありました」とおっしゃっています。
 女性の明るい笑顔は、人を魅了し、周りにあたたかな雰囲気をもたらします。

更新日:2017/10/10

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プロフィール

渡邉 みどり (わたなべ みどり)

ジャーナリスト、文化学園大学客員教授。
1934年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、日本テレビ放送網入社。報道情報系番組を担当(婦人ニュース・ワイドショー・木曜スペシャル)。
1980年、担当ドキュメント番組「がんばれ太・平・洋 新しい旅立ち! 三つ子15 年の成長記録」で日本民間放送連盟賞テレビ社会部門最優秀賞受賞。昭和天皇崩御報道のチーフプロデューサー、副理事。1995年、『愛新覚羅浩の生涯』(読売新聞社)で第15回日本文芸大賞特別賞受賞。
近著に、『写真集 美智子さまのお着物』(木村孝との共著 朝日新聞出版)、『日本人でよかったと思える 美智子さま 38のいい話』(朝日新聞出版)、『美智子さま 美しきひと』(いきいき)、『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから眞子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(共にこう書房)、『とっておきの美智子さま』(監修 マガジンハウス)など。

作品紹介

美智子さまに学ぶエレガンス

美智子さま_付き物_再日本女性としてお手本にしたい、皇后・美智子さまのエレガンス(気品)の秘密を、とっておきの写真とエピソードで紹介します。
定価:1,400円+税/学研プラス


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